写真家 星野道夫
先日、大阪にて星野道夫さんの写真展へ行って来ました
星野道夫さんの写真に出会ったのが20年前。古本屋さんで…その時、写真にも感動したのですが、彼の書く文章が素敵で…唯一、写真をみてじわっと泣けたのが星野さんだけ。
今年は没後30年。ネイチャー雑誌も特集を組んでいます。
星野さんの写真はアラスカ、大地、野生動物、そこに住む原住民の暮らし、生き方、、それを本当に丁寧に暖かく、優しく撮っています。
ただ優しいだけでは無く、そこに暮らす生き物たちの眼差し、過酷な環境でも生きている命を星野道夫さんの目線で捉えています。
星野さんに憧れて沢山の動物写真家さんや、アラスカで撮っている写真家さんも多くいます。
でも星野さんはずば抜けてます。なぜあんなにずば抜けるのか?ずっと疑問で、写真集を何度も見返して、本も読みました。
一つ辿り着いたのが、彼には少年の心の感性が大人になっても残っている。好奇心であったり、体感してみないと分からないと言う思い、命とは?生きるとは?そして世界には極限でも生きている人、生命が数多くいる事。それに対しての疑問、なぜそんな所に命があるのだろう?知りたい・・感じたい。
そんな人だと思う。そしてのめり込む。彼らの生態を知り、そして入り込まない距離、いつでも自分はそこに居させて貰っている、彼らの生活を見せて貰っている。謙虚に・・
だから星野さんの撮る野生の生き物は、とても力強く生命力に溢れ、でも優しいまなざしを捉えている。彼の人柄、彼の想像力の賜物だと思っています。
彼の本の中で、アラスカの原野でキャンプしている時、野生のオオカミかグリズリー(クマ)が近くにいた時、本当の恐怖が自分を襲って来た。
普通の人なら恐怖として感じた、で終わらせる。
でも星野さんは、その恐怖が自分にもあった事、自分も野生の感覚がまだ残っていた事にホッとしたと。かたす
野生の感覚として、恐怖があると身を子を守る。その為には襲う。それが当たり前の野生の本能。
私たち人間は本能が薄れているのは確か。
星野さんのような極限で死を間近に感じた時の感性が素晴らしい。ちゃんと人間も野生の一部なんだって気付ける。
そして、一番好きなのが、彼の言葉に「ぼく達が毎日を生きている同じ時間、もう一つの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。」
星野さんはアラスカでクジラの群れに遭遇した時の、彼らの美しさ、こんな地の果てにも彼らは生きている、静寂の中でクジラの潮吹きを目の当たりにした時の光景に出会った。こんな素敵な文章が書ける人。
そう、私も旅に出て、そこで見た光景、人、匂い、、、それらが今私がこうしている間にもちゃんと存在しているだろう。。そう思えるってなんて豊かなのでしょう。
でもそんな大それた旅でなくても良い。近所で見た、感じた、そんな日常の体感が、同じ今この時想像して、きっとあの人も・・となる。そうやって想像できるって豊かだと思います。
マレーシアのマラッカの豆腐屋さんのおじさんの笑顔、北海道の出会った人々、、市場の活気、、きっと今日も変わらず居てくれる。不思議な安心感。
でもこれは願いでもあるかもしれない。
おじさん元気でいて欲しい。
そうやって温かい願いが連鎖してすべての人が優しい気持ちになれる。
きっと同じ空の下にいる、元気でいてね。
だから、色んな事、人、国、空気、出合わなくて良いなんて絶対ない。待ってるだけでは出合えない。元気なうちは出合に行こうと思います。
星野道夫さんは多分、世界で一番好きな人、尊敬の人、憧れの人。
孤独を知っている人は本当に優しい人だと思います。
ぜひ、「旅をする木」読んで見て下さい。



