美容師 ミエコ誕生
2026・9・30
リールーヘアー、そして私の美容人生が一旦終わります。
美容師27年、伊勢移住11年、リールーヘアー8年。
沢山のお客様、出合った方々、心より感謝申し上げます。
そして、私とお客様を支えてくれたお店「LeeLoo hair」にも本当にありがとう。
まさか、なりたく無かった職業ナンバー1の美容師を27年続ける・・今考えても面白すぎます。
一人っ子の私は大勢が苦手、超人見知り、引っ込み思案、頭も悪い、ひとりが好き、物静か、恥ずかしがり屋。。。
そんな私が美容師になったきっかけは、東京時代に音響の学校で友人にメイクをしたことでした。
当時のファッション業界は勢いが良く、雑誌に登場するヘアメイクさんの作る世界に憧れました。
誰かと同じではない、自分らしい世界の追求。
私は人見知りではあるけれど、興味があればやってしまう所があり、小学生の時は興味本位で新聞配達をしてみたり(雪国の新聞屋さんは本当に大変なので今でも頭が上がりません)
新聞の経験から小学生の私が学んだのは、
「ズルしてはいけない。必ずバレる、良い事も悪い事も誰かは見ている」
今でも教訓。
高校生では人見知りなのに、広島と新潟の人と文通を始める。(当時はバンド雑誌には文通コーナーがあった)
高校生の時、新潟のライブに泊まりで一人で行ったのが、多分人生初めてのひとり旅なのかも!!(今思い出した)
そこで初めて文通相手のお姉さまに会うのですが、いもっこの私はそのお姉さまに伊勢丹へ連れて行ってもらい、ヨージヤマモト、ギャルソンのブランドを教えて貰いました。本当に本当に同じ日本でこんな世界があるのか!!と驚きばかり。
文通相手のお姉さんの家に泊めさせて貰ったのですが、その夜に見せてくれた映画「時計仕掛けのオレンジ」
超有名な名作ですが、この映画にも驚き!!世界にはこんなカッコいい映画があるんだ!!って。
でも、私の着ている服がダサすぎて。。恥ずかしかった。
でもお姉さんたちはそんな事は一切気にせず、優しくしてくれていたと思います。
そうだ、モロゾフのチーズケーキを買ってくれて、これが食べたことがない味!!世界一美味しかった。
今じゃどこでも美味しい物はありますが、私にとって世界が開けたのです。
ただ、何を話したか覚えていません。ただただお姉さんたちの後ろを歩いていたように思います。髪型もカッコ良かった。
しかし、新潟の街が長野と違って大都会。本当に驚きの連続でした。
懐かしいなぁ。お姉さん達どうしているかな・・
その時の写真がありますが、もじもじした態度の私と裏腹に、お姉さんは堂々とポーズを決めて立っていました。
それが高校生の私。それから東京に憧れ、音響の学校へ。そこでメイクに目覚め。卒業後はバイトで貯めたお金で夜間のメイクスクールへ。
バイト先の老舗喫茶店「さぼうる」に私が辞めた後にサンパチさんがバイトをしていたのです。(ニアミスだな)
ヘアメイクは美容師免許がないとどこも相手にしてもらえません。コネはあったのですが、美容師免許を取ることに舵をきりました。
それがワタシの美容師人生の幕開け。
とにかく何でもいいから免許取らなきゃ!
美容学校出ていないので見習いからスタート。
そこはオーナー夫妻、先輩3人、アシスタント私入れて2人、もう1店舗の小規模なサロン。
そこで美容師と言う仕事のノウハウ、奥深さを知りました。
もちろん人見知りの私にとったらいばらの道・・
でも、先輩たちが沢山可愛がってくれ、一生懸命教えてくれる。テストに合格したら高級焼肉行くぞと言って、そこで食べた初めての焼肉が本当に美味しくて、、休みの日も色んな所へ連れて行ってくれたり、営業後の練習にも付き合ってくれて、ご飯行ったり、朝までみんなで美容談義したり・・
オーナーからは、一流のサービスを見なさいと言って、帝国ホテルのラウンジへも良く連れて行って貰いました。
全てが初めて見る世界。
それでも、美容師の1日は長かった。
美容室の営業時間は10時間。アシスタントはその後に練習。帰りは10時や11時なんてザラ。
でも、全く何もできなかった私が少しずつ上達してくる。褒められる。嬉しい。。。だから一生懸命先輩から技術を盗んで、質問攻めして困らせたり・・
本当にかわいがって貰えたアシスタント時代。
あんなに守られて伸び伸びできたのは先輩たちや、育ててくれたお客様のお陰。
守られるって安心なんだなって知りました。
唯一戻りたいのはその頃。
でもそんな良い事ばかりではありません。難関、お客様とコミュニケーションを取る。
先輩からもさんざん注意され、、「喋れるように。」
今の私を知っている人なら、信じられないかもしれませんが、、、コミュ障の私がどうやってここまでになったかは、
努力です。
先輩に褒められたい(子供みたいですが)、お客様に喜んでもらいたい。だから観察すること。
先輩との会話からその人の好きな物、職業、見た目、それをインプットする事。特徴を掴む。難しい場合は名前だけでも覚える事。
帰宅してメモを見て覚える。
幸いにも私のシャンプーが上手だったので、シャンプーが上手な子で覚えて貰っていました。
シャンプーが気持ちよいと褒められる、嬉しい、だから頑張る。仕舞には名前まで憶えてくれて、最高なのはチップをくれる(当時のお客様はチップをくれる)
本当に嬉しかった。
今のアシスタントのシャンプー事情は知りませんが、私くらいの年代の美容室はシャンプーが上手くないと相手にしてくれないし、全てにおいて下手と思われる時代。
だからシャンプーの練習は厳しかったです。
そんなある日昔からの常連のお客様に「あなた最近シャンプー手を抜いてない?」
凄くショックでした。
なぜなら、手を抜いていたからです。
慣れと言うやつです。褒められるから天狗にもなっていた。
バレた。。
凄く落ち込みました。
気持ちいいって言って貰いたい、だから頑張る。褒められて嬉しい。
なのに忙しくなってくると雑になっていた。気持ちも入っていなかった。
そうか、手仕事は手から伝わってしまうんだ。
そして再度見直し、私のシャンプーが確立したように思います。
この出来事も美容師の原点です。
言ってくれたお客様には感謝です。
アシスタント時に学んだ、手のタッチ、話の間合い、お席に通す間合い、シャンプーの温度、水圧、お客様が今どんな状態でいるのか?楽しい?そんな事を先読みして動く・・
スタイリストはお客様との時間を凄く大事にします。それをサポートするのがアシスタントの仕事。その連携が良ければスタイリストの指名率、そしてお店全体の評価に繋がる。だから相手が喜ぶ事は何か?を常に考える。
毎日本当にハードでした。
美容師は収入が低く、税金、年金も滞納。今の時代ならブラックです。
それでも沢山得るものがありました。
それは自分がしたことで喜んでくれること。自信のない私でも喜んでくれる。
だから来たお客様を笑顔で帰そう。それが美容師の私の生きがいとなりました。
じゃあ、笑顔で気持ちよく帰ってもらうには?
技術向上は当たり前、飽きさせない話術、話すタイミング、雰囲気作り、気遣い、、、
そして私のコミュニケーション能力が開花したのが、カットデビューからです。
初めてさせて貰ったお客様は、次の日が入社式。
まだカットに自信が無い私、手元を見られたら初級者だという事がバレる。だから話す。
そうなんです、これがめっちゃ喋ったのです。
今までの観察が生きた、その人を知ること。だから何が好き?とか色々。
その場はトークでカバーしたと思います。
ヘアスタイルは・・ごめんなさいと謝りたい。
サロン全体が、「え?!和田さんめっちゃ喋ってるじゃん」でした(笑)
人を知るって面白い!もっと知りたい!
しかも、私の自分の好きな世界を少し話すと興味持って聞いてくれる。
コミュニケーション取る事が楽しいと初めて分かりました。
とにかく笑顔になって帰ってもらおう!
そうやって、気付いたら指名も増えて・・・
自分が辞める頃は過去最高の売り上げになった。
東京から長野へ戻り、そこでも沢山のお客様が私を支持してくれ、そしてこの伊勢でも。。
未だになぜ私を支持してくれるのか分かりません。
お客様を笑顔にしよう、喜ばせよう。それが少しでも伝わっているのかもしれません。
もう少し続きます。





